模写って嫌い、それとも苦手?

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模写って芸術ではないと思っている人が
少なくないようです。

西洋美術ではそう考えています。

模写・模倣は、戦後の日本の美術教育において
弊害が多く指摘・批判されてきました。


西洋美術の視点に立ってみれば
間違いない考えかもしれません。


一方、模写は中国では言うまでもなく、
水墨画学習や水墨画の画家を
志した者にとってなくてはならない必修科目です。


ヨーロッパ旅行した際に、
壁画を印刷物や写真を見ながら
修復している若者をよく見かけます。


これは「やむを得ず模倣行為」かもしれません。
とにかく水墨画の場合、
模写は初心者にとって上達する近道です。


なぜ、中国絵画において模写は必要なのか、
中国の絵画史を見てもわかるように、
模写の歴史ともいえましょう。


西洋画とは違って中国絵画には長い歴史があり、
その長い中国絵画の歴史のなか、
残された優秀作品はいろんな手法で描かれています。


言葉だけでは説明が難しく、
実際作品を見て模写する方法を
通じて会得することが多いです。


それらたくさんの良い作品や古典名作は
まるで無口の先生のように静かに語っています。


画家が模写を通じてその構図や技法などを
学ぶことができます。
特に歴史のある中国絵画、
その古い時代から、
すでに千年以上の蓄積を考えて作られてきたものですから、
利用しなければ非常に勿体無いでしょう。
模写は、古人との対話でもあります。

中国絵画の模写は
少なくとも4つの面で考えられます。
単純に絵画手法(描き方の技術)ではありません。
運筆、運墨のほか、
作品の構図や意境なども注目されております。


意境(いきょう)とは作者が作品の中に
表わす境地や情緒で、
文字や言語では言い表しにくいもので、
学習者が模写して得ることが多いでしょう。


模写はあくまでも学習手段の一つに過ぎません。
また、模写は単純に複製的に描くのではなく、
模写する人の考えや理解も反映されている例が多いです。
良い画家は良い模倣者でもあるといわれています。


模写の方法は目的によって作品の一部、
または全体、構図または、
運筆など養分などそれぞれ学習者によって
吸収する部分が異なります。

▲左は斉白石、右は八大山人。
現代画家斉白石は清時代の八大山人の魚を
模写しています。


向きなどを変え、
何枚もの大きさの異なる魚を描いており、
練習を兼ねている意味合いもはっきり読み取れます。
一言模写と言っても
様々な角度からアプローチできるはずです。


手段である以上、
最終目的は自分の作品作りに戻ります。
現実を直視してスケッチなどをし
良い作品になるまで失敗を
繰り返すのです。

▲明代沈周の「倣富春山居」

▲元代黄公望の「富春山居」
明代沈周の「倣富春山居」と元代黄公望の「富春山居」を
比較すればわかるように
沈周の「倣富春山居」は
着色、かなり湿潤な表現で
まったく別物になっていると思われます。
模写を罪として問われたのは模写を
目的としているからです。


その結果、硬直化、マンネリズムになってしまい
新鮮さはない。
中国絵画でいえば清初の「四王」です。
模倣しかできない?
そういう人は現にいます。


お手本から手本までやってます。
お手本がなければなにもできない人。
考える力がなく
そもそも考えること自体が嫌いなタイプかもしれませんが、
お手本を離れると描けなくなります。


実際お手本から手本まで描いているひともいますが
まあ、遊びとしてそれもあり
できれば巾広く見てほしいです。
豊かな人生という観点から、
少しでも工夫していきましょう。

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